すむむ。コミュニティ
住まい探しのコミュニティ・プラットホーム。
Photo/Mie Morimoto
Text/Hisashi Ikai
Photo/Mie Morimoto
Text/Hisashi Ikai
長年バイヤーとして活躍し、北欧を中心にデザインやクラフトの魅力を多角的に紹介してきた築地雅人さん。東京の自宅を拠点としつつ、10年ほど前から神奈川県箱根町の別宅に時間を見つけては通っている。車で約1時間半。多忙な東京での暮らしとは「過ごし方」が違うという、少し遠い「もうひとつの家」を訪ねました。
1975年福岡県生まれ。2000年からフリーバイヤーとして活動を始め、ヴィンテージの家具や雑貨を販売。04年に東京・世田谷でショップ「ビオトープ」を、09年に外苑前にショップ「ドワネル」をオープン。フィンランドのテキスタイルメーカー「ラプアンカンクリ」やデンマークのライフスタイルブランド「フラマ」の日本総代理を務める。
部屋の広さは約75㎡。入居時は3LDKだったが2LDKに変えた。畳敷の和室の床間には大好きなアーティスト、石本藤雄の作品を飾り、大きなクッションに体を預けて眺める。泊まる時はこの和室が寝室に。
2部屋あった和室のうち1部屋を、サイザルカーペット敷きの書斎にした。特徴的な脚のかたちをしたデスクは、フィンランドのデザイナー、イルマリ・タピオヴァーラがデザインした「ピルッカテーブル」。
築地雅人さんが通う「もうひとつの家」は、「フジタ第一箱根山マンション」の一室。同じ建物に住む友人宅を訪問した際、「窓越しに見る景色があまりにも素晴らしく、すぐに購入を決めた」と築地さん。
「フジタ第一箱根山マンション」は、建築家、吉村順三が1963年に手がけた分譲のリゾートマンション。箱根の美しい山並みを余すことなく堪能できるようにと、吉村は現地にやぐらを組んで眺望を確認しながら設計を進めたという。
東京からの移動にかかる時間は、高速道路を使って車で約1時間半。遠いと言えば遠いが、築地さんにとっては「事前に予定は立てずとも、思い立ったときにさっと行くことができる」心地よい距離。箱根には人気の観光地も数多くあるが、それらに立ち寄ることはほとんどなく、ふらりと1人で来てはこの部屋でただ静かに2〜3泊ほど過ごして帰ることが多いという。
東京都内の自宅から、愛車に乗り込み、箱根に向かう築地さん。いわゆる「別荘」というより、どちらにも軸足のある二拠点居住の感覚に近く、移動も生活の中での心地よい区切りになっている。
建物最上階にある築地さんの部屋からの眺望。箱根の雄大な山並みが連なる。すぐ目の前にはマンション運営会社が所有する温泉施設もあり、住人は割引価格で入浴できる。
鉄筋コンクリート造の地上6階、地下1階。総戸数は58室。遠く相模湾を一望できる箱根山の中腹に建つ。眺望を第一に考え、建物の角度や窓の位置が細かく調整された名作ヴィンテージマンションのひとつ。
各部屋のプライバシーの確保を考え、建物背面にめぐらされた外廊下。木々の緑がすぐ側まで迫る。南東側の眺望とは雰囲気の異なる鬱蒼とした緑もまたこの場所ならでは。
「東京は刺激があって楽しいのですが、物事の進むスピードが早く、いろいろなことを同時にやらなければなりません。僕が箱根に来るのは、ゆっくりとした時の流れのなかで、思考を巡らせたいからなんです」
この家に来たら、好きなジャズを聴きながら読書をするのが常で、日が暮れればワインを飲みながら、時間を気にせず食事をつくる。
「ここではできるだけアナログに過ごそうと思っています。音楽も東京にいるときはスマートフォンやPCのストリーミングサービスを使って聴きますが、箱根ではレコード盤に針を落とす。この部屋にいると、自分のリズムを取り戻し、心が整っていくのを感じます」
このマンションが完成した当時のオリジナルのインテリアは大好きだが、半世紀以上の時を経て、内装はところどころ傷んでいた部分もあり、築地さんは入居後、友人のデザイナーに改装を相談。それは「リノベーション」というよりも、自分らしいテイストへの「アップデート」で、参考にしたのは、北欧で見た人々の暮らしの感覚や空間の設えだ。
レコードや本、アート作品などを並べるため、入居後にオープンシェルフを新たに造りつけた。空間に圧迫感を与えないよう、棚の足元を斜めにカットしてボリュームを軽減。収納力と軽やかな印象を両立させている。
正面のオープンシェルフの向こうにキッチン。もともとキッチンの前には壁があったが、取り外してオープンシェルフに変更。オリジナルのプラン自体は崩さないようにと、壁を支えていた柱はそのまま利用している。
水回りの洗面台や小さな壁付けの収納棚などはオリジナルのまま。鏡の両脇に見えるウォールランプも気が利いていて、扉の取手をはじめ細部のデザインにも、設計者・吉村順三の心配りを感じる。
3000枚近く所有しているレコードのうち、およそ1000枚を東京の自宅から箱根の家に持ち込んでいる。なかでもお気に入りは、ミュンヘンで1969年に設立されたジャズレーベル「ECM」のアルバム。
部屋の壁は全体的に明るい白に塗り直し、木製のサッシもサンディングをしてワントーン明るい色調に。また、和室の襖はアルヴァ・アアルトのキャビネットに合わせ、ラミネートボードに変更。引手もニュートラルなフォルムのものに取り替えている。
フィンランドをはじめとした北欧諸国では、短い夏を存分に楽しむため、森のなかに素朴なサマーハウスを持つ人が多い。築地さんにとってこの箱根の家は、そのサマーハウスの感覚に似ているという。
「贅沢をするための空間ではなく、あくまでも気持ちを鎮め、自分らしさを取り戻す場所。特別なことは何もしなくていい。ただここにいて、山並みを眺めているだけで十分なんです」
最近、この部屋でレコードを聴きながらコーヒーを飲んでいるとき、築地さんはふとこんな夢を思い描いた。
「お店を持つのは好きだし、ジャズも好き。おじいちゃんになったら、どこかでジャズ喫茶を営めたらいいなって。まだ先の話ですけどね」
心の平穏と、窓の外に広がる景色が広げてくれるイマジネーション。それは、この部屋が与えてくれる築地さんにとっての「無くてはならない」ものだ。
リビングの壁にかかる鏡は、フィンランド人デザイナー、イイナ・ヴォリヴィルタがデザインした「Vino」。光を受け、静かな空間を映し出す。鏡に映る椅子がモチーフのウォールアートは、造形作家・古賀充の作。
書斎の窓。壁の中に障子を引き込める造りで、北側の緑を絵のように切り取る。リビングに面したベランダからの山々への眺めも爽快だが、小さく切り取られた風景もまた魅力的で、心をそっと和ませる。