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コラム あの人の住み替え_Vol.02 

〈ジョージア・オキーフ〉
石と岩の大地に佇む
ライフスタイル系アーティスト。

文:佐野由佳
イラスト:黒木仁史(vision track)
Edit/Tami Okano

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文:佐野由佳
イラスト:黒木仁史(vision track)
Edit/Tami Okano

「20世紀アメリカを代表する女性画家」「アメリカモダニズムの母」、あるいは「孤高の画家」などと称されるジョージア・オキーフは、1887年に米国ウィスコンシン州に生まれ、1986年にニューメキシコ州で亡くなった。和暦でいえば、明治20年に生まれて昭和61年に亡くなっていることになる。享年98。まさに20世紀を生きたご長寿アーティストだ。そしていまなお色褪せることがない。いやむしろ、21世紀になってからも関連の書籍が出版され、そのたび新しいファンを獲得する稀有な存在である。

まだ女性が画家として活躍することが少なかった時代に、オキーフは12歳で「画家になる」ことを決意。当時、文化芸術の中心地だったヨーロッパの影響を受けずに、生涯独自の表現を追求した。花や風景、動物の骨をモチーフにした大胆な抽象画は、当時はもちろんいま見ても強烈なインパクトがある。23歳年上の写真家兼ギャラリストのアルフレッド・スティーグリッツとの禁断の恋、そして結婚。その結婚を決して「あがり」にはせず、画家としての才能を開花させ地位を確立。夫を看取った60代からは、石と岩だらけの大地に飛び出して新たな創作に没入する日々を謳歌したという波乱の人生双六も、オキーフの才能を彩る。

ちなみに、オキーフと同い年のアーティストに、マルク・シャガール、マルセル・デュシャン、バーナード・リーチ、ル・コルビュジエ、日本人では小村雪岱などがいる。同世代のアーティストに比べて、歴史上の人物という感じが薄い。オキーフが長生きだったこともあるが、この時代に生きた人物にしては、残されている写真が圧倒的に多いことが関係しているように思う。若い頃の写真の多くはスティーグリッツによって撮影されたもので、画家オキーフは、写真家スティーグリッツの作品の被写体としてのオキーフと、同時進行で世に知られていった。引っつめた黒髪に鋭い光をたたえた黒い瞳、装飾の少ないモノトーンの服装あるいは無駄のない肉体は、モダンで個性的で、エキゾチックな美しさがある。ビジュアルによってイメージを確立したという点でも、オキーフは新しかった。

さらに、スティーグリッツ亡きあとも、オキーフは写真を通して最晩年まで、いや現代まで注目を集めることになる。なぜなら、住んだ家が普通ではなかったから。ライフスタイル系アーティストの先駆けとも呼びたいほど、晩年に住んだ家とその暮らしは注目を集めた。

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1929年、42歳のときに初めて訪れたニューメキシコの景色にみせられて、毎年のように制作に訪れていたオキーフは、やがて53歳でゴースト・ランチに家を購入。そこからさらに1945年、58歳で廃墟になっていたアビキューの邸宅を購入して、改修工事を始める。翌年、夫スティーグリッツが82歳でこの世を去ると、遺産整理などを終えた3年後に、永年暮らした大都会ニューヨークから、荒涼とした大地がどこまでも広がるアビキューに本格的に移住する。62歳のときだ。以後、晩年までをここで暮らし、新たな創作活動の場として精力的に作品を制作した。

オキーフが手に入れたのは、アドビと呼ばれるアメリカ南西部の伝統工法の家で、土と藁を水で練って乾かした日干しレンガを積み上げて、さらにその上から土を塗り込めて成型する、まるで大地からそのまま立ち上がったみたいな土の家だ。廃墟同然だったアビキューのアドビの家を最初に見たとき、オキーフはパティオを囲むドア付きの長い壁に目を奪われる。のちに「黒いパティオの壁」という作品にもなったこのドア付きの壁との出会いが、オキーフをアビキューにいざなった。

いまでこそ、いや、いまだって、この石と岩しかないような乾いた大地の一軒家に、どうやって暮らしたのだろうと思わずにはいられないが、床・壁・天井が全て同じ素材でできている、ある意味、ミニマムなこの家は、とても未来的にさえ見える。しかしそれはアドビだからではなく、アドビを通して新たな風景を発見した、オキーフの視線が未来的なのだ。
「先住民族風にはしたくなかった。モダンにもしたくなかった。わたしはただ、わたしの家にしたかった」のだと言ったオキーフの言葉通り、人生後半にこの家で撮影された写真のなかのオキーフもまた、乾いた大地から生えてきたかのように、風景と一体になっている。

庭園で有機栽培の野菜を育て、果樹を植え、食材を吟味し、自分の目に叶ったものだけに囲まれて暮らした。この家をオキーフが購入したのが1945年というのも感慨深い。空襲で焦土と化した日本と違い、本土はほぼ無傷だった戦勝国アメリカの余裕が感じられる。同時に、第二次世界大戦を経て、アメリカが世界経済の中心へとのし上がっていく時代に、あえてその喧騒から逃れ、慣れた場所を離れ、齢60を超えてなお自らの内面の声にのみ従って生きたオキーフ。そのしなやかな強さにこそ、21世紀の現代にも衰えない人気の理由がある。2000年代に入って発行されたオキーフ関連の書籍の多くは、『オキーフの家』(2003年)、『ジョージア・オキーフふたつの家』(2015年)、『GEORGIA O’KEEFFE LIVING MODERN』(2017年・未邦訳)など、ライフスタイルをテーマにしたものであることも興味深い。

PROFILE ジョージア・オキーフ

1887年アメリカ・ウィンスコンシン州の農場に7人兄弟の二番目として生まれる。シカゴ美術館付属美術大学(シカゴ美術研究所)、ニューヨークアート・スチューデンツ・リーグで学び、公立学校の美術教師などを経て、アルフレッド・スティーグリッツに見出され30歳で初の個展。抽象画を描き始めた最初期の画家のひとり。スティーグリッツ亡きあと、1949年ニューメキシコに移住。1953年66歳で初のヨーロッパ旅行へ。以後、世界中を旅して日本にも滞在した。1985年98歳で国民芸術勲章受章。サンタフェにて死去。遺灰はゴースト・ランチに撒かれた。

参考資料

『ジョージア・オキーフ 崇高なるアメリカ精神の肖像』ローリー・ライル著 道下匡子訳(PARCO)、『オキーフの家』クリスティン・テイラー・パッテン著、マイロン・ウッド写真 江國香織訳(メディアファクトリー) 『ジョージア・オキーフとふたつの家 ゴーストランチとアビキュー』バーバラ・ビューラー・ラインズ&アガピタ・ジュディ・ロペス 著 内藤里永子訳(KADOKAWA)、WINDOW RESARCH INSTITUTE

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