すむむ。コミュニティ
住まい探しのコミュニティ・プラットホーム。
Photo/Mie Morimoto
Text/Hisashi Ikai
Photo/Mie Morimoto
Text/Hisashi Ikai
家族で暮らす家に求める要素としてまず浮かぶのが、それぞれの個室や大容量の収納。でも、あえてそれらを最小限に留め、空間を開け放つと、暮らす人の意識が隅々にまで及ぶようになる。人の振る舞いとモノの佇まいが醸し出す、暮らしの奥行き。一家4人が大空間を等しく共有する、アーティストの大脇千加子さんの住まいにお邪魔しました。
武蔵野美術大学卒業後、イッセイミヤケに入社。2005年に自身のブランド「Kitica」「cokitica」を立ち上げる。休止後、2016年に新しい創作活動体として「WONDER FULL LIFE」をスタート。多様な土地、異なるジャンルの作り手のもとを訪ね、現場で巡り合った風土、社会、歴史、人のつながりをファッションとアートの表現へと展開している。最近の主な仕事に、音と手によるものづくりにフォーカスした展覧会「Syn01- Why keep making」のディレクションなど。
大きな白いソファの前に積み重ねられたクッションは、モロッコ伝統のラグ、ベニワレンをアレンジ。左奥に見えるリビングの一角が子どもたちの学習スペース。教科書や部活用品がコンパクトにまとまっている。
居住エリアとアトリエを繋ぐドアは、夫が「いつか家を建てたときのために」と、アンティークショップで購入しておいたもの。設置するにあたり、間口に合わせてリサイズ。表面をサンディング仕上げにして空間に馴染ませた。
東京・白金台の閑静な住宅街。傾斜地を生かしたひな壇型の低層マンションの1階が、アーティストの大脇千加子さんの住まいだ。広さ116㎡のゆとりのある空間のなかに、夫と2人の息子との日常を過ごす居住空間と、大脇さんが日々創作に勤しむアトリエが隣り合うようにレイアウトされている。
「『暮らしながら、ものづくりができる場所』が欲しいと、移り住んで16年。この空間のおかげで家事と子育て、仕事を分け隔てることなく、自分らしく生活できています」
居住空間とアトリエは、天井まで伸びる大きな木製の扉で仕切られている。この扉を開けたままにすれば、子どもたちは創作に打ち込む母の姿をうかがい知ることができる。一方で仕事中の大脇さんも、必要とあればすぐにリビングに移動し、料理をはじめとする家事をスムーズに始められる。
住み替えを決めたのは長男が3歳のとき。当初は一軒家を検討していた。予算の範囲で住居とアトリエをまかなうスペースを確保するには、二階建て以上が必須となるのだが、階が分かれると家族を見守りながら自身の仕事に集中することができない。大脇さんは100件以上の物件を下見。ようやく見つけたのが現在のマンションだったという。
次男は中学3年生。学校から帰宅すると、制服を着たままファに直行。ソファーの正面にアイランドキッチンがあり、学校での出来事を伝えたり、夕食のおかずを聞いたりと、親子の会話が続く。
ダイニングで勉強をしているのは、大学生の長男。中高生の頃からいわゆるリビング学習が常。「隠れる場がないので、ここに座って勉強するのが普通。個室がほしいと思ったことは、不思議とありませんでした」と笑う。
息子たちが帰宅するやいなや、仕事の手を止め家事モードに移行する大脇さん。キッチンに立って手際よく玉ねぎを刻み始める。アトリエと住まいが一続きであることで、忙しくても家族との対話や家事の時間が確保できる。
毎日の炊事で使い込まれたガスコンロ。ゴトクの上の陶の鍋は、兵庫県・つくも窯の十場天伸、あすか夫妻の作。器や調理道具は手仕事から生まれたものが多く、暮らしの隅々に大脇さんのものづくりへの思いや美意識が反映されている。
リノベーションは、インテリアデザイナーの夫が担当。スケルトンにしてみると、思いのほか天井が高く、開放的だった。自身の感性や思考をもっとも理解しているのは夫であると信じ、プランには一切口出しをしなかったという。空間の広がりを存分に生かすべく、天井は剥き出しのままとし、配管や機器を同色に整えた。また、暮らしのレイヤーと動線を鑑みながら、壁一面の造り付けカウンターと作業スペースをたっぷり取ったアイランドキッチンを一角に集約。リビング&ダイニングのなかに家族各々が自由にくつろげる十分な余白を残した。
階段を数段上がったスキップフロアに天井高を抑えた寝室はあるが、それ以外に完全なる個室はなく、このリビング&ダイニングで家族が大半の時間を過ごす。
「当初は子ども部屋がないことや収納の少なさを危惧した時期もありました。でも、表立って見えないような隠れた場所をつくってしまうと、そこには見せてはいけないダメなものをどんどん詰め込んでしまうだけ。この空間だからこそ、好きなものだけに囲まれて生活していられるんだと思います」
アトリエの床にしゃがみ込み、真剣なまなざしで創作に取り組む大脇さん。手にしているのは、知人から譲り受けた古い着物をモロッコの職人とともに新しい織物へと進化させた「ボシャルウィット」。
窓辺には、国内外のさまざまな土地のものづくりの現場を訪ね歩いて集めたオブジェが並ぶ。この家にあるものはすべて、大脇さんがこれまで出会った人たちや訪れた場所の記憶と繋がっている
北向きの出窓から穏やかな光が差し込むアトリエ。「この家は、家族との時間とものづくりが両立できるよう、夫が真剣に考えてくれた場所。アトリエにいると、改めてそのありがたさを感じます」。
壁に掛かっているのは、月桃の新芽を束ねたオブジェ(左)と、アフリカのクバ布で仕立てた帽子(右)。素材の見立ても大脇さんならでは。気分に応じて、棚の上の風景は少しずつ変化する。
空間を開放し、隅々まで見渡せる状態にしているからこそ「すべてのものに意識が及んでいる」と大脇さん。ダイニングテーブルやソファといった家具から、窓辺に飾られたオブジェや小物、台所に並ぶ調理道具や器まで、目に映るものすべてが自身のお気に入り。この家は、大脇さんが心地よく感じながら、共存できるもので埋め尽くされているのだ。
越してきたときにはまだ幼かった長男は大学に入学。次男も来年には高校生になる。子供たちが成長を重ねていくほどに、大脇さんも将来の生き方を考える機会が増えた。
「いずれ息子たちはこの家を出ていくでしょう。取り巻く環境が変わっていったとしても、私はこの家が好き」と大脇さん。この家は、彼女にとって、等身大の今の自分を映す鏡のような存在なのかもしれない。
写真正面の壁に飾られた写真は、公私ともに親交のある写真家、中川正子の撮り下ろし。大脇さんは中川とともに、「WONDER FULL LIFE」の活動を追った写真集『Rippling』を2019年に刊行した。
リビングの一角には、子どもたちが成長の過程で手がけた絵や工作、誕生日に贈ってくれた手書きのメッセージ。家内安全と無病息災を祈るお札とともに、暮らしをやさしく見守っている。