すむむ。コミュニティ
住まい探しのコミュニティ・プラットホーム。
Photo/Mie Morimoto
Text/Mari Matsubara
Photo/Mie Morimoto
Text/Mari Matsubara
26年前に1年半だけ賃貸で暮らした思い入れの深い集合住宅に、奇跡的に空き物件が出て迷わず購入を決めたのが10年前。以来、チダコウイチさん・野口アヤさん夫妻は、建築家・吉村順三が手がけたこの家を竣工当時の形に戻すべく手をかけ、面影を引き継いで暮らしています。そこには良質なヴィンテージマンションでしか享受できない特別な味わいがあると語る2人。その魅力を伺いました。
数々のブランドの立ち上げやプロデュースに携わってきたクリエイティブディレクターのチダコウイチさんと、ファッションブランド〈ayanoguchiaya〉のデザイナーの野口アヤさん。代官山の築100年の日本家屋を改装し、2017年に共同で〈SISON GALLERy〉をオープン。若手を中心とするアーティスト支援に力を入れている。
リビングの床面のフランス製タイルは竣工当時のまま。カスティリオーニ兄弟の《アルコフロアランプ》が室内をやさしく照らす。暖炉の左の絵画は2人が主宰する〈SISON GALLERy〉で扱っている吉野マオの作品。
ダイニングルームに天井付けの照明はなく、ル・コルビュジエの《パーラメント》スタンドライトを置く。ベージュ色のカーペットにYチェアなどの木の家具が調和する。
日本のモダニズム建築を代表する建築家、吉村順三が設計し、1979年に竣工した5世帯のみの集合住宅。チダコウイチさん・野口アヤさん夫妻は、1999年からその一室を借りて住んでいた。心底気に入った部屋だったが、事業の立ち上げなどで手狭になり、1年半後に泣く泣く転居したという。その後、目黒区東山や渋谷区代々木などを転々とした末、10年前に偶然、この集合住宅に空き部屋が出たことを知り、即決で購入した。
「以前借りていた部屋とは別の部屋ですが、またこの集合住宅に戻って来られて本当に嬉しかった! 吉村順三がデザインしたこの家の質感やディテールが本当に好きでしたから」(野口)
「昔は古い家具を愛用していましたが、年齢を重ねた今は新製品を買うことのほうが多くなりました。今の時代だからこそ生まれた形もあるし、家の中に飾るアートも、若いアーティストの作品がほとんどです。けれど唯一、建物だけはヴィンテージがいいと思っていて。時代を超えて住み継がれ残ってきた空間には、今新たに作ろうと思っても作れない価値があると感じるからです」(チダ)
漆喰の白壁に対し、建具はクリーム色に塗られている。これも竣工当時のまま。目にさりげない温かみが心地よい。左は2人が応援している画家の一人、木梨銀士の油彩画。
階段の手すりは赤紫色のベルベットで覆われていたが、かなり傷んでいたので、その色に近い布を探して貼り直した。小さい面積にハッとするような色遣いが新鮮。
マスターベッドルーム。巾木も回り縁もない、白壁と白天井だけで構成された空間の気持ちよさ。アートも映える。「日本だと巾木はあるものだと思い込んでいる施工者が多いけれど、ない方が僕たちの感性にあっているんです」(チダ)
寝室にも天井照明はなく、ベッドサイドにル・コルビュジエの《ランプ・ド・マルセイユ》を。「室内の暗さに最初は戸惑いましたが、今はもう慣れましたし、夜は間接照明の柔らかい光が好きになりました」(野口)
玄関から廊下を通り、扉を開けるとダイニング。そこから数段の階段を下りると、フランス製タイルを敷き詰めたリビングが広がる。今では使われていない暖炉、ダイニングとリビングを隔てる造り付けのキャビネット。はめ殺しガラスの大きな出窓からは日の光が入り、石灯籠のある小さな庭も見える。なんとも気持ちのいい空間だ。
「ただ古いからいいのではなく、この家の質感に惚れ込んでいます。たとえば壁はクロス張りではなく漆喰仕上げの白。塗り壁の手触りや、光が当たった時の美しさは何物にも代え難いです」(チダ)
「壁は白いけれど、建具はクリーム色に塗られている。その色の感覚がすごく好きです。天井に照明器具が付いていないのも吉村建築の特徴の一つですね。天井に『真っ白な広い面』があるのは空間をスッキリさせますし、光がバウンスして部屋全体を明るくしてくれます。夜は直接光よりも間接照明で照らす雰囲気が好きになりました。キッチンやバスルームの天井には照明をつけていますが、要はバランスですよね。どこもかしこも明るい必要はないと思う」(野口)
リビングのソファーで保護猫のフラノとくつろぐ野口さん。背後のキャビネットは竣工当時から変わらない造り付けで、ダイニングとリビングをゆるやかに分ける。ガラス戸の部分には旅先で見つけたオブジェなども。
キッチンの壁や収納棚の色は元のままのグリーンを引き継いだ。その色合いにぴったりマッチする油彩画は、後藤瑞穂の《レモン》。あえて額装をせず、キャンバスのまま飾っている。
《マレンコ》ソファーとイサム・ノグチのローテーブルを置き、レコードを楽しむ。グリーンの後ろに庭に出られるドアが元からあったが、そこに網戸を付け足してドアを開け放てるようにしたことで、光がより入るようになった。
日の光がたっぷり差し込む室内でぐんぐん育つ観葉植物に水をあげるチダさん。インドアグリーンはチダさんの暮らしに無くてはならないもののひとつで、多肉植物の栽培歴はもう30年近くになる。
古い家に住むからには、手入れや手直し、時には設備の更新も必要になる。そういったメンテナンスに手がかかったとしても、自分たちの感性に合った価値観を大切に守っていきたいと2人は言う。
「カーペットは元の色に近い色のものに敷き直し、階段の手すりをカバーしていた赤紫色のベルベットも、同じような布を探して張り替えました。水回りはフルリフォームしています。シンクやバスタブは新しいものに入れ替え、タイルを敷き直しました」(野口)
「丁寧に手を加えながら、上質な居住空間を後世に残したい。この家に若いアーティストたちを招き、定期的にホームパーティーを開いているのですが、才能と才能が出会って何かが生まれるような場所になればいいなと思っています」(野口)
本質を変えることなく大切に住み継がれ、人が集うことで、この家の歴史がまた紡がれていくのだろう。
現在2匹の保護猫と一緒に暮らしている。こちらはブリティッシュショートヘアのベッチン。現在は使われていない暖炉の周辺がお気に入り。日当たりがよく暖かい。
天気の良い日の午前中、リビングのガラステーブルに反射した光が奥のダイニングまで届いて天井を照らす。照明器具のない『真っ白な広い面』としての天井の美しさが際立つ、「特別な時間帯」とチダさん。